図書館に居た浮浪者のおっさん

昔、国分寺で一人暮らしをしていた頃だからもう4年前になるが、友達と図書館にさしたる目的もなく、冷やかしに行った。夏の図書館には僕らと同じく涼みに来たと思われる浮浪者のおっさんが大勢いた。僕たちが図書館の長椅子に座り、タバコを吸っていると一人のおっさんがタバコをせがんできて、誰に話すともなく身の上を語り始めた。曰く、そのおっさんは昔、工事現場で働いていて、家族もいたのだが、ある時、現場で怪我をして労災もおりず、仕事を干され、家族とも離ればなれになり、こうしているのだという。僕らは「よくある話だ」と大した感慨も無く、この後に何をするか考えながらその場を適当にやり過ごしていた。しかし、おっさんは「いろいろあったがな、人っていうのは信じるもんだ」と僕らに延々と訴えるのだ。「この図書館の入り口のスロープで車椅子のおばあさんが難儀してるとき、知らない人が助けてあげていた」ことを根拠に「人はみな優しい」と言う。そして、僕らはこの大甘のおっさんを笑った。「そんなんだから、今、そうなっちまってる」と笑った。おっさんは僕らが楽しんでいると勘違いして、「これを持っていけ」と図書館所有の印の付いた新書判の小学生向けと思しい昆虫図鑑と下らなそうな推理小説を僕らに渡した。僕の家にその本はまだあるのだろうか。