はじめてのきょむ

足の裏にウオノメが出来たのは小学3年か4年のころだったと思う。たまたま父方のじいちゃんの家に遊びにいっていた時で、伯父さんに何かやたらと脅されたのを覚えている。曰く、ウオノメには芯があって、それを取らないとその芯が体にいつまでも残るんだと。得体の知れないものが体に残るというイメージを生後120ヶ月に満たない僕が恐れるのも無理はなかった。家に戻るとすぐにイボコロリなるものを買って、コロっと取ってしまおうと試みた。


しかし、現実とは得てしてそんなものだが、幼い僕の恐怖を嘲笑うかのように、ウオノメの芯は見事に足の裏のちょうど真ん中あたりにホクロとなって残った。「ウオノメの芯がホクロになった」という現象を不穏に感じていた頃、同じクラスの何でも知ってるマツバラの何気ない「足の裏のホクロは皮膚ガンになるんだぜー」というガセビアを偶然にも耳にした。「魚の目の芯」+「足の裏のホクロ」とあって、なんだかよくわからんが、当時の僕は「自分はガン」なんだと信じきった。


日曜日の夕方、テレビではサザエさんがやっている。窓の外は夕暮れが終わろうとしていたから、多分、真夏だ。父親は当時、家にあったファブリックの一人用ソファーに腰掛け、何やら難しそうな本を読んでいる。僕はリビングにあったソファーにもたれかかって床に寝転んでいる。その時、急に「ああ、僕はガンでもうすぐ死ぬんだ」と思った。「お父さんは本を読んでいるし、お母さんはごはんを作っているけど、僕はガンで死ぬんだ」と思った。途端に、なんの比喩でもなく目の前が真っ暗になったように感じた。知らぬ間に涙がボロボロ出てきた。よくわからないけれども、心の中で「お父さんごめんなさい、お母さんごめんなさい」と繰り返し繰り返し思っていた。死ぬことを確信したのは、あのときが最初で、あの感覚はあれ以来味わったことがない。多分、あれが本当の絶望で、あの暗さが虚無なんだろう。


それから15年近くが経ち、足の裏のホクロはいつの間にか消えてしまったが、あの時の気持ちはくっきりと思い出せる。なんか知らんが、あの時の気持ちに較べれば、たいていのことはどうってことない。