ふらったー

さんざん溜まってたものが、だんだんわかってたことが、かんたんにやってたことが、らんかんに立ってたはずが、かんまんに止まってたやつが、なんだって融かすのが時間だってわけだ。予定、予測、希望、期待、予感、願望、どいつもこいつも、なんとまぁ儚げ。束になっても過去にはかないやしない。時間が現在を飲み込む瞬間が見たい。大事なことは何も気付かせやしない。なんとまぁ完璧な世界。


待ってた時が過ぎ去ったあとってのは、何かあったにせよなかったにせよ、あっけらかんと口を開けて、あんまりにもぽっかりしているものだから、ごーっと通り過ぎたのちには、あまりにも変わらないってことに、驚きにも似た、何でもなさが。それで僕は写真を撮ったりして、むやみに待つ時間を作って、時間に別の意味を重ねたりするのか。


時間を、物質的にとか数的にとか図形的にとか感覚的にとか、形はどうであれ、閉じ込めてしまおうなんて、とてもじゃないけど手に負えない悲しい話だね。


結局のところ、何もしないでも何かしてもフラット。