P.K.ディック著 山形浩生訳 「暗闇のスキャナー」 創元SF文庫

2年前くらいに初めて読んで完全に人生に食い込まれた本。貸してたんだけど、取り返してきたんで、また読んでみた。ディックと言えば基本的にはSFの人って認識なんだろうし、僕も実際、読むまではそう思っていたんだけど、いざ読んでみるとSF的な部分よりもアウトロー、もしくはドロップアウターな部分がやたらと沁みる。現実からの逃避としてのSFといった感じ。いくつか読んだディック作品の中でも「暗闇のスキャナー」はあまりにもセンチメンタルな作品。薬物によって主人公の思考が徐々に壊れていき、その主人公が守ろうとしていた仲間たちとの日常も崩れ去っていく中盤の展開には思わず過剰に感情移入して何度読んでも落涙ですよ。終盤、すべてが失われたあとに物語の謎が明かされるんだけど、あまりにも蛇足というか救いがないというか。

でも、ドナの手の感触は、ボブの心のなかにとどまり続けた。それだけが残った。この先一生、ドナなしで過ごす長い年月、彼女に会うこともなく、手紙をもらうこともなく、生きているのか幸せなのか、死んだのかどうかさえわからない長い年月のあいだ、この感触は彼のなかに封じこめられ、封印されて、絶対に消え去らなかった。ドナのたった一度の手の感触だけが。

この部分にすべての救いは含まれてんだろうな。切ねえなぁ。感触とか匂いとか響きとか、そういうのって全部切ねえなぁ。


若き山形浩生による訳もおセンチさと下らなないラフさを強調した訳になっており、抜群の出来じゃないでしょうか。そのうち原書も読みたい。余談だけど、半年以上貸してたこの本は読んでもらえてなかった様子。SF的意匠付きの「トレインスポッティング」とか言ってたら読む気になってたかな?だめか。